なぜこんなに生きにくいのか

『なぜこんなに生きにくいのか』南直哉、講談社インターナショナル、2008

南直哉の『語る禅僧』がとてもおもしろかったので、近刊のこちらも読んでみた。やはりおもしろい。

まずおもしろいのがSMAPの「世界に一つだけの花」への著者の解釈。この歌が売れるということ自体が、一種の悲鳴のようなものだという。まず「世界に一つだけの花」という題。これが「石」では成り立たない。つまり、誰かが「これは花なんだ」と認めてくれないと、この歌は歌にならない。また、「花屋の店先にならんだ」「もともと特別なonly one」というのも、誰かが花をお店で見つけて評価してくれるという話だから、結局市場で他と比較されて、誰かに選び取られていることであり、この歌を聴く人が「自分はオンリーワンだと誰かに言ってほしい」「だが誰もそうは言ってくれていない」「だから歌に代わりに言ってもらって、それを聞いて安心したい」ということが、この歌が流行ったということの意味なのだという。わたしには、この歌は最初に聴いたときから気持ち悪くてしょうがなかったのだが、その気持ち悪さの内容が、少しわかったような気がする。

その後に「自己決定」「自己責任」ということが、いかに小さな範囲でしか成り立たないか、「私」が他との関係を捨てて、「本当の私」「私とは何か」を探しにいこうとするとどうなるか、とか、わたしにとっては、とても説得的な話が続く。

ただ、少し納得がいかなかったのは、「教えの価値は、それ自体ではなく、それが何をもたらしたかによって決まる」という著者の主張。では「何をもたらしたか」は誰がどう判断するのか。著者は他のところで、「知恵」だといっている。「知恵」は、その人の「いかに生きるか」という問いから生まれてくる価値観から搾り出されてくる、という。もうちょっとよく考えてみないとわからないところか。

著者は、自分の本はとてもわかりにくいといわれるので、この本は語りおろしによって作ったと書いている。これまでの2冊は非常に「あたり」だったので、「わかりにくい」方の著書も読んでみようと思う。