山口組概論

山口組概論―最強組織はなぜ成立したのか』猪野健治ちくま新書、2008

山口組」の「通史」。現組長司忍体制になってからの話から説き起こし、山口組の発祥、田岡一雄による近代的暴力団組織への発展、内部抗争や他組織との抗争、警察、司法との関係、現況までひととおりのことが書いてある。長い時期にわたって多くのテーマを取り上げているが、非常に読みやすく、まとまっている本。

この本で勉強になったこと。1.山口組の歴史が、やくざの源流とされる博徒テキ屋の流れとは違ったところから始まっていて、その発展も他のやくざ組織に常に先んじる新しい路線を開拓してきたことの上にあるということ。2.戦後から高度成長期までの山口組と興行界、政治家、右翼との関係。3.暴対法、改正暴対法に対する暴力団の対応と変化。4.現在の暴力団活動の具体的内容。

こういった事項を順序立てて説明している本は他にないので、そういう意味で非常に貴重な本。暴力団に全く詳しくない人でも、現在の暴力団がどのようなものなのかがある程度わかることに価値がある。特別にやくざ好きでアサヒ芸能とか週刊大衆とかのやくざ関連記事をいつも読むような人ではない層にとってありがたい。

とはいえ、著者は基本的に暴力団に感情的な好意をもっており、それが基本的に「差別された集団への同情」から来ていて、繰り返しそのことが強調されているのは、個人的に鼻につく。まあそれは著者の立場だから、文句をつけるべきことではないが、そのことを措いても、この本が全体として「山口組組長の英雄史」というか、山口組英雄列伝のような本になっていて(だから読みやすく、おもしろいのだが)、分析的な偏りがあるのではないかということは気になる。

暴力団の本を書くときに、暴力団、特に組長や幹部の個人名をあげて、それに対して批判的な立場をとることは個人的な危険を伴うことだから、公刊されている本にあまりそういうことを期待するべきでないのかもしれない。また、テレビや新聞は暴力団が果たしている社会的機能を好意的に評価することはないから、そういう偏向に対しては逆にこのような本が必要だという立場はわからないではない。しかし、やくざの親分はきれいごとで務まる仕事ではないのだから、そういうことについても書いてほしいと思うのだが、それは多くを望みすぎだろうか。