アンドリュー・ワイエス 創造への道程

アンドリュー・ワイエス 創造への道程」、Bunkamuraザ・ミュージアム

これも「新日曜美術館」で見たので、と書くところだが、実は日曜日にやっていた、この展覧会の放送は見損ねてしまった。さらにこういうときに限って、番組を録画していないのだ。まあ実物を見てきたのだから、紹介番組を見られなくても別にいいのだけど。

平日、月曜日だったが、番組のせいもあってか客は多かった。月曜日に開いている美術館は少ないし。といっても見るのがたいへんな多さというほどのことはなく、ゆっくり見てこられたのでなにより。

この展覧会は、副題にあるとおり、ワイエスが作品を完成させるまでのプロセスを見せることを主眼にしていて、最終作品のテンペラとともに、スケッチ、習作がたくさん並べられている。ワイエスが、何に注目していたのか、創作の過程で何を採って何を落としたのかが逐一わかっておもしろかった。「クリスティーナの世界」は完成品はなかったが(パネルだけ)、習作は多く置かれていて、自分には十分たのしめた。

とにかく、ワイエスは絵描きバカである。作業のひとつひとつがみな緻密。最初の鉛筆のスケッチから、何枚も水彩やドライブラッシュ(水彩の一種で非常に手間がかかるが、細かいところまで描ける)で練り上げていって、最後がテンペラになる。このスケッチや、水彩、ドライブラッシュの習作の出来がまた鋭い。それでいて、テンペラの完成品は落ち着くべき所に落ち着いているのである。

自分が特に圧倒されたのは、「火打ち石」と「松ぼっくり男爵」。「火打ち石」はほんとに火打ち石ではなくて、海岸に置かれている巨石をそれにたとえているのだが、この巨石の存在感は圧倒的である(この絵は展覧会のパンフにも使われている)。手前の砂浜には貝殻やら動物の残骸がちらばり、この石が生物の営みを超越してそこにあることを静かに示している。

松ぼっくり男爵」は、第一次大戦に従軍したドイツ人がアメリカに移住してきて、自分の戦功の象徴であるヘルメットを大事にしているのだが、そんなことはぜんぜん相手にしていない妻がそれを松ぼっくりの容れ物にしているという絵。習作には松ぼっくりを拾う妻の手が描かれているのだが、完成作からはそういうものはみな省かれ、森の中にヘルメットがさかさに置いてあって、それに松ぼっくりが盛ってあるだけである。この要素だけで、この夫婦の姿を描くには十分だとワイエスは思ったのだろう。

解説のパネルはていねいで、親切。めったに人前に出ないワイエスが孫娘のインタビューに答えている映像も上映されていた。何しろ90歳を超えても、毎日描いているのだそうだ。これから名古屋と福島を巡回するそうだが、ワイエスを見たことがない人でもじゅうぶん楽しめる好企画。