胡蝶の夢

胡蝶の夢』1-4、司馬遼太郎新潮文庫、1983

幕末日本の西洋医学受容についての物語。幕府の奥医師松本良順、良順の門人で語学の達人伊之助、徳島藩関寛斎らを主人公とする群像劇。これはとてもおもしろい。主人公はいずれももともと大した身分ではなく、医者の道を通じて頭角を現した人たちだが、江戸時代において、それが身分制度をはい上がる細い道の一つだったことがよくわかる。

幕府御典医の煩瑣で形式的な制度、蘭方医といわれた人々の医術の水準、その他細かい事柄を積み上げていって、オランダの医師ポンペによる医学校の設立が、日本においてどれだけ革命的な事業だったかが示される。日本人による西洋の受容の先達となった人たちは、並々でない狭い道を通らなければならなかったことが感慨を呼ぶ。

また主人公たちの性格がさらに並みでない。語学バカ一代とでもいう伊之助(大山倍達と違って、こちらは語学以外の役にはまったく立たず、日本の「世間」に容れられない人である)、崩壊する幕府から離れようとしない侠の人松本良順、藩医の職を捨て北海道開拓に尽くす関寛斎、いずれも破天荒の人である。

新選組、穢多非人身分の頭弾左衛門ほかのさまざまなエピソードもおもしろい。司馬遼太郎の合理主義と、身分制のような、理不尽だと彼が考えるものへの怒りもよく出ていて、その点も興味深い。あまり知られていない人々を扱う長編だが、一気に読める。司馬の作品の中でももっと読まれるべき傑作だと思う。