童貞小説集

『童貞小説集』小谷野敦編、ちくま文庫、2007

処女小説といった場合の処女は比喩としての意味で使われているが、こちらの童貞は比喩ではなく、本物の童貞を描いた小説を集めたもの。三木卓「炎に追われて」、武者小路実篤「お目出たき人」、二葉亭四迷「平凡」、アミエル「アミエルの日記」ほか、ほとんどが近代文学から集められている。小説をちゃんと読んでいないわたしには全部初見の小説ばかり。しかし、基本的にどれも面白い。個人的にとくに気に入ったのは、三木卓「炎に追われて」。これはかなりの傑作だと思う。あと、コードウェル「小春日和」も少年の性への目覚めをリアルに描いていて、秀作。少し視点が違うが(この作品だけ、「女の側から」童貞を描いている)、藤堂志津子「夜のかけら」も読んでいて、余計なドロドロした感じがなくすっきりした良作。著者が存命である作品はこれだけである。
読み通すと、童貞が性欲についていかに理屈をこねてきたかがしみじみと味わえる。知らないものへの怖れと憧れと性欲が入り交じると奇怪な考えが頭を占領してとんでもないことになるのである。最近はこの手の題材は(エロ小説を別にすれば)少なくなってしまったのだろうか。エロ小説はなんだかんだといって結局「童貞をすっきり捨てる」話だから、ここで取り上げられている「童貞小説」とは厳密には違うし・・・。どうなんだろう。