悲望

『悲望』小谷野敦幻冬舎、2007

小谷野敦の小説集(といっても二編だが)。表題作の「悲望」は、著者自身が「私小説」と書いているが、簡単に言うと「片思い話」。しかも淡い片思いとか美しい片思いとかでなくて、かなり「痛い」片思い。もうダメなのがわかっている状態で相手につきまとっている片思いで、半分ストーカー状態。しかし片思いはだいたい心理的にはストーカーに近いものなので、これはアリでしょう。というか片思いする方の心理が気持ち悪いくらいリアルに描かれているので、読んでいて半ば笑え、半ば寒々しい。小説としては非常に面白い。
もう一編の「なんとなくリベラル」は、「業界小説」。サヨクっぽい大学教員の話。こちらも著者が自身見聞していることで、描写は非常にリアル。人事とか、大学内政治とか、「ああ、こんなもんだろうな」という感じで描かれている。また著者は「サヨクっぽい」立場が嫌いなので、描写はかなり辛辣。文学研究者業界の話なので多くの注があり、そこでもかなり容赦のないことが書かれている。著者は敵が多そうな人なので、あまり気にしないのだろうが…。こちらもそれなりにおもしろい。文中に登場する人物が実名と仮名で書き分けられてあって、それもおもしろい。あとがきで、小説の初出時の「著者が見当はずれだと思う」批評について反論されていて、そっちも(そこまでしなくていいとは思うのだが)けっこう面白い。