老妓抄

『老妓抄』岡本かの子新潮文庫、1998

手元の文庫本は1998年だが、発表は1938年。戦後の風景からはこの典雅な風情は出てこないだろう。いままで岡本太郎の母親で夭逝した小説家という程度のことしか知らなかったが、これは名作。人生の辛酸をなめつくしていまは自適の生活を送る老妓が主人公なのだが、老妓を直接に描くのではなくて、ひょんなことから老妓が養うことになった若い男や、養女になっている娘の姿を通じて障子の向こうの明かりを見るような形で、老妓の姿が示される。老いてなお矍鑠としているその姿、男や養女に向けられている温かくはあるが、突き放した視線、どれをとっても味わいのあるキャラクターだ。
逆にもともと大望をもちながら何をなすこともない男や、男に対する微妙な感情で揺れている養女の姿は、人のはかなさ、弱さを映し出す。二つの像が対照をなして、一幅の絵のようだ。最後におかれた短歌も味わい深い。