なぜ悪人を殺してはいけないのか

『なぜ悪人を殺してはいけないのか』小谷野敦新曜社、2006

タイトルだけ見て、「あれ、小谷野敦はいつの間にか死刑廃止論になったの?」と思っていたが、それはただの誤解で、依然読んだ『刑法三九条は削除せよ!是か非か』に所収の文章に加筆したものだった。当然死刑廃止論を論駁する内容。「ダンザー・イン・ザ・ダーク」を観て、「青虫を噛んでしまったような気分」になった人がいるというのには笑った。自分は単純に音楽映画として観ていたので、死刑廃止論の映画(言われてみれば確かにそれっぽいが)とはぜんぜん思っていなかった。もしそういう意図があるのなら(たぶんあるだろうが)、確かにかなりいやらしいやり方ではある。
小谷野敦は共和制支持、天皇制廃止論者なので、その関係の文章がけっこう収録されている。なぜ天皇制があるといけないのかについては、読んでもよくわからないのだが、左派っぽい立場に立ちながらその実天皇制を擁護していると著者が見なす人間への舌鋒の鋭さはさすが。アメリカの日本研究者の中でのそうした傾向を批判する文章、それに対するキャロル・グラックの批判への反論もおもしろい。また、「今上天皇」という重語的な言い方がいつから現れたのかについての箇所は勉強になった。
最後の締めくくりは著者がカナダのブリティッシュ・コロンビア大学に留学していたときの経験談なのだが、これは陰惨。留学して嫌な体験をしてきた人は多いと思うが、これは特にひどい話。書き下ろしだが、よくこの経験を文章にする気になったなあと思う。もっとも嫌な体験から二十年余りを経て、やっとそれを客観視する余裕ができたのかもしれないが。