幕末・維新

『幕末・維新』井上勝生、岩波新書、2006

岩波新書で出ている「シリーズ日本近現代史」の第一巻。著者は幕末・維新史の一般的理解を覆そうとしていて、「無為無策の幕府外交」「攘夷の世論で覆い尽くされた日本」といった説を攻撃する。
しかし、江戸幕府外交政策が「やむを得ない」ものであったとしても、幕府外交は(特に初期には)時間引き延ばし以外の展望を持っていなかったのだから、それが「賢明な」ものだったと評価するのはどうか。幕府要人に開明的な人物がいたからといって、幕府外交が開明的だということにはならない。攘夷論にしても、薩長攘夷論が単純なものではなかったのはわかるが、では薩長攘夷論が倒幕の道具だったのか、そうでなかったのかについて明確な説明はないし、日本でなぜ攘夷論が盛行したのかについての説明も不十分である。著者は実際には西洋諸国からの侵略の脅威などはなかったといいたいらしいが、その当時具体的な日本侵攻計画がなかったことは日本人には知るすべがなかったのだし、西洋諸国の圧力が実際にあり、日本が開国を強制された状態で攘夷論が盛り上がっていたことに対して代替的な説明ができているとは思えない。
さらに自分の正義感覚を無批判に歴史に持ち込む姿勢にはうんざりさせられる。著者は「国際法違反」をペリー艦隊の行動や、維新後の江華島事件などについてしきりに言い立てるが、そもそも当時の国際法は敵対行為や武力による威嚇、武力行使を禁じていないということに対する理解は薄いようだ。いろんな意味で困った本。