狂った裁判官

『狂った裁判官』井上薫幻冬舎新書、2007

著者は「判決が短すぎる」問題で、判事再任を事実上拒否された(一応形式上は著者自身が再任申請を取り下げたことになっている)人。これがメディアで問題に取り上げられていた時は「なぜ判決が短いのか」がよくわからなかったので、そのまま飛ばしていたが、この本を読んで著者が「なぜ判決を短くしなければならないと思っているのか」が理解できた。要するに著者は「裁判官は法律の条文にのみ依拠すべき」と考えており、判例主義も否定している。で、判決理由にいろいろ「余計なこと」を書くのは、法律条文に依拠して必要な理由のみを書くべきという著者の考えと相容れないということのようだ。
その点はいろいろ考え方があると思うので(特に判例主義の否定はいろいろとほかの問題を招くので)、そのまま認めようとは思わないが、この本の価値は「裁判官がどういう制度の下でどういう行動をするのか」を裁判官自身の経験から、非常にわかりやすく読者に説明しているところにある。和解を強く勧める理由、判決理由に判決とは直接関係ないことをいろいろ書く理由、裁判官人事とそれらの問題との関係などが非常にはっきりと書かれている。裁判所は、こういうことを一番嫌う役所のひとつだから、著者が事実上再任を拒否されたのも納得。著者に対して判決理由の問題を人事に絡めて「指導」した当時の横浜地裁所長は実名をあげて(浅生重機)激しく非難されており、著者の怨念の深さを感じさせられる。
また著者は裁判員制度の導入には全面的に反対している。その理由もここで論じるのは避けるが、司法部内部でのこの問題に関する議論が外部にまったく伝わってこない点に関しては、自分も疑問に感じる。