大学病院のウラは墓場

久坂部羊『大学病院のウラは墓場』、幻冬舎新書、2006

題名は際物っぽいが、内容は非常に真摯な、日本の医療体制に対する診断と告発の本。著者は医師から作家になった人で、阪大医学部卒業なので、周囲に医療業界、特に医学部、大学病院の関係者も多く、事実の提示に非常に説得力がある。
一読して、現在よく指摘されている小児科、産科の医師不足、地方の医師不足が単に医師の数が足りないことによるのではないことがはっきりわかった。それらは患者側、医師側、医師養成制度(を仕切る厚生労働省)の変化の産物であるが、強引にまとめると医師に対する社会的要求が上がったのに対して、医師個人の行動は自由になり、大学の医局が権力で医師の配分を支配する仕組みが動かなくなったために、医師に多くの犠牲を要求する分野から人が離れているということになるだろう。「白い巨塔」の新しいテレビ版が、時代を強引に現代に置き換えただけで、いかに現実と離れているか(昭和30年代にはああいうことも確かにあったのだろうが)がよくわかる。著者は医師個人の職業選択の自由を一部制限することと、困難な診療科の医師の待遇を改善することを提案しているが、後者はともかく、前者は実質的には難しいだろうと思う。また、患者側は何も知らないままで高水準の医療(と自分では思っているもの)を要求するだけだが、この責任は医療に関する正しい情報を一般人にわかりやすく伝える機能がきちんと果たされていないことに原因がある。インターネットの問題も同じところがあるが、理系の専門分野を持ち、かつ組織経営、社会制度設計に通暁した人材の不足が痛感される。