最後の将軍

司馬遼太郎『最後の将軍』、文藝春秋、1967

司馬遼太郎徳川慶喜伝。徳川慶喜はかんたんにはわかりにくい人物だが、この小説はそのわかりにくさをうまく描くことに成功している。その政治的生涯の中の大政奉還までの非常に活動的だった時期と、それに続く鳥羽伏見の戦いにおける役割、その後の江戸帰還と恭順と続く事績で、鳥羽伏見以後の記述がさらっと流され、それ以前の時期と対照をなしているところは非常にうまい。たぶん多言を費やしても、このあたりの徳川慶喜の心中はよくわからないだろう。
静岡に隠棲した後の生活の記述がまたよい。隠棲時33歳で、その後77歳まで生きた長命の人だが、退隠後のほうがむしろ生き生きとしているように見える。幕末維新時の記録や主要人物の評伝には多く目を通していたというから、単に過去と縁を切っただけではない。勝海舟渋沢栄一以外の旧幕臣とほとんど会わなかったというところも興味深い。徳川宗家とは別に公爵に列せられていたことはこの本ではじめて知った。子孫が書いた「徳川慶喜家の子ども部屋」「徳川慶喜家の食卓」などの本にはとても自由な雰囲気が感じられるが、それにも徳川慶喜の気質が受け継がれているようだ。