戦時期日本の精神史

鶴見俊輔『戦時期日本の精神史 1931~1945年』、岩波書店、1991

1982年に刊行された本の再刊。著者の関心は主に「転向」問題にあてられているので、戦前、戦中期に国家からの強制を受けて思想転向した人としなかった人に主要な焦点があてられている。しかし肝心の分析はちょっとピントがずれているのではないかと思うようなもの。政府が思想転向を強制するために日本の「鎖国性」を利用したことがその成功の重要なカギだったとされているわりに、その「鎖国性」というものがどういうものかははっきりしない。また、日本の伝統は普遍性の原理を無理に立てないというものであり、それは西洋諸国の知的伝統とは異なるもう一つの知性のあり方だと、称揚されている。しかし、それこそ「島国根性」なのではないかという疑問には著者は思い当たらないようだ。
ほかにもアジア主義と右翼活動家の関係など、本来書かれて当然のことが書かれていないことが多いが、一番の問題は戦時期に「一般市民レベルで人々がどういう考え方を持っていたのか」ということがさっぱりわからないことだろう。「戦時下の日常生活」と題された章では横浜事件のことが扱われているが、これは明らかに普通の人々の日常生活とは違うものだ。著者は特殊な関心と思い込みでこりかたまっていると考えざるを得ない。巻末の野口良平の解説は輪をかけてピントを外している。