ポル・ポト伝

デービッド・P.チャンドラー(山田寛訳)『ポル・ポト伝』、めこん、1994

民主カンボジア首相、カンボジア共産党書記長だったポル・ポトの伝記。大量死の責任者として名高いポル・ポトだが、著者の筆は淡々と事実を追い、謎の多いポル・ポトの全体像を少ない資料から可能な限り描き出そうと努めている。
ポル・ポトが本名のサロト・サルとして活動していた時期の記録は断片的だが、彼がフランス留学中に共産主義思想に染まり、ベトナム労働党の庇護下でカンボジア共産主義者の組織化のために働いていたことが示される。弱体だった彼らがカンボジアで政権を握れるようになるまでに成長できた理由は、ベトナム戦争の進行に伴う、カンボジアの戦争への関与、特にロン・ノルのクーデタとそれによるシアヌーク国王の取り込み、そして何よりもベトナムからの援助にあった。
ポル・ポトが権力を握ってからの彼らの支配が百万人以上(本書では八○万人から一○○万人とされる)の死者を出す過酷なものとなっていた理由は、本書の記述から断片的に推測されるものの、はっきりとはわからない。スターリン文化大革命の思想的影響(ポル・ポトはそれらの負の側面には目を向けなかった)、支配の複雑性についての無理解、急進的で純粋な信念、そして何よりも敵に対する病的な恐怖心が組み合わさったところに過酷な支配の基盤が準備されたのだろう。
本書の記述は1993年で終わっているが、その後もポル・ポトは生き延びて98年にカンボジア山中の支配地域で軟禁状態のまま死亡した。本書を越えるポル・ポトの評伝はまだない。