すばらしき愚民社会

小谷野敦『すばらしき愚民社会』、新潮文庫、2006

2004年に出た単行本を文庫化したもの。あいかわらず小谷野節は快調で、知識人の比較対象が西洋近代国家だけで、日本の近代以前、特に近世史がすっぱり抜け落ちているとか、格差社会論に対する批判とか、いろいろやっている。しかし、この本で一番おもしろいのは、著者の議論に無理があったり、暴走していたりする部分である。例えば、ウェブ、特に2ちゃんねる批判。「絶望書店」との論争(これははっきりいって小谷野の負け)にさらっと触れている部分は、経緯を知っている者には笑える。またそもそも、「知識人が2ちゃんねるを外から批判することが有効なのか」ということがたいへん疑問である。2ちゃんねらーは知識人がネットの外で2ちゃんねる批判をいっても、嘲笑以外の反応はしないし、2ちゃんねらーでない人はどうとも思わないだろう。それから、西村博之を「事実上の犯罪常習者」といっている表現は、これ自体が名誉毀損にあたると思う(小谷野には民事判決に従わないことと犯罪の区別がついていない)。またアマゾンのレビューをほめたり、けなしたり、どういう立ち位置にいるのかよくわからない。
さらにおもしろいのは、最後の章の「禁煙ファシズム」批判。自動車の害を引き合いに出していたりする議論は明らかにピント外れだと思うし、喫煙が遺伝による死の恐怖を隠蔽するためのスケープゴートにされているという話はもう電波に近い。
これらの暴走部分(特に「禁煙ファシズム」のところ)は掛け値なしで笑えた。悪意で言っているのではなくて、暴走ぶりが芸の域に達しているというのは、下手な小細工でできることではない。都知事選の外山恒一に近いものがあるのではないか。学者として緻密な議論をするというだけでは、ここまで「あっちゃん」の書くものを好きにはならなかったと思う。個人的には「もてない男」「帰ってきたもてない男」の次に好きな本。