医学の勝利が国家を滅ぼす

里見清一『医学の勝利が国家を滅ぼす』新潮新書、2016


主に医療コストの問題を扱った本。対象は薬価。新薬がどんどん開発されていて、そのコストは従来の薬価より100倍、1000倍というレベルになっている。それが保険で支払われ、日本には高額医療費制度があるので、患者は青天井で薬を使ってもらえる。当然のことだが、こんな制度が長続きするはずはなく、健康保険制度がいきなりクラッシュすることになるのは目に見えている。

著者の提案は、「75歳以上のすべての人間に対して延命治療をやめること」というもの。これは医師である著者がいう分には、「個人の意見」で済まされるだろうが、政治家が同じことを言えるとは思えないので、実現可能性は薄いだろう。しかし、現実にこれが言えないのなら、今の健康保険制度はいずれ、それも近いうちにつぶれてしまうことも明らか。

コストを無視して治療こそ使命と思っている医者、研究開発に莫大な資金を投じている製薬会社、ピンポイントで効く薬を開発できるようになった技術進歩、健康保険制度をメンテナンスしている政治家や官僚、いつまででも生きたいと思っている患者やその家族、いずれにも原因や責任があり、単純に悪者を取り出すことはできない。著者は、善玉悪玉論を複雑な問題に適用することはとらない立場の人。

著者は延命治療をやめることと、人の命を平等に扱うこと、金で寿命が決まらないようにすることを全部成立させるためには、この方法しかないと言っていて、そのとおりだと思うが、制度がクラッシュするまで、これを実行することは難しいだろう。高額医療費制度をやめるだけでも、猛烈な反対が出ることは明らか。自民党でも民進党でも、これをはっきり言うことはできない。

いつまでも健康に生きるという「できない」ことをやろうとしすぎ。最後の曽野綾子との対談は、話がかみ合っているが、それは相手が曽野綾子だからで、一般人は、75歳をすぎたら後はあきらめようとは思っていない。まあ、結果は考えただけでもおそろしい。