「音楽狂」の国
西岡省二『「音楽狂」の国 将軍様とそのミュージシャンたち』小学館、2015
中心は、金正日『音楽芸術論』の解説と、金正日による北朝鮮音楽への介入。著者は、「音楽の政治利用ではなく、「音楽狂」が政治を支配したことの結果」だと言っているが、結局、金正日は音楽について大した見識などなく、自分の音楽の好みを北朝鮮全体に押し付けただけ。
ただし、音楽に対する見識などないから、「とにかくわかりやすくしろ」となっていたので、北朝鮮音楽も単にわかりやすい音楽に少し北朝鮮伝統芸術のスパイスがまぶしてあるようなものになった。このあたりは、ソ連時代になる前にロシア音楽が芸術的に確立されていて、そこに共産党が乗っかるだけだったソ連と北朝鮮の違うところ。
金正日はロックやジャズなど聞かないし、「アメリカ音楽は資本主義に毒されている」と思っているし、芸術音楽などわからないから、幼稚なレベルの指示しか出せない。しかし、音楽家はそれを守らなければ首が飛ぶので、簡単でわかりやすいものしかできない。金正日は、キム・ヨンジャが非常に気に入っていて、北朝鮮にも呼んでいたのだが、キム・ヨンジャによると、金正日の好みは「もろ歌謡曲」。そういうふうにでき上がったのが北朝鮮音楽ということ。
ほかは北朝鮮の軽音楽団の解説。これは曲を知っていなければ意味がないので、流し読み。金正恩の兄、正哲がレニー・クラヴィッツのファンだったと聞くが、金正日死後はどうなのか。著者は、金正恩肝いりの「モランボン楽団」の録画で、ポール・モーリア「エーゲ海の真珠」が流れていたことを書いているが、金正恩も子供の頃に聞いていたのはこのレベル。ただし、ディズニーの曲をやるようになったことは変化。
独裁者が音楽に首を突っ込むとろくなことは起こらないという話。おかげで、北朝鮮音楽という珍品がこの世に残っているのだが。