拉致ー国家犯罪の構図

金賛汀『拉致-国家犯罪の構図』、ちくま新書、2005


拉致事件を、北朝鮮の韓国に対する工作活動という「理由」の視点から見た本。この問題の基本文献のひとつ。

北朝鮮の対韓国工作活動の歴史が半分以上のボリュームを占めている。これは当然で、対韓国工作がなぜ、どのように行われたかがわからないと、日本人を拉致した理由もわからない。

北朝鮮にとっては、対韓国工作活動は、「祖国統一」のための行為なので、当然のことであり、是非善悪を論じる余地はない。また、その手段として韓国人や日本人、レバノン人などを拉致することも、金日成パルチザン活動をしていた時期にはすでに行われていたことだったので、彼らにとっては当然のこと。

その上で、レバノン人拉致、大韓航空機爆破事件、辛光洙事件という、拉致に関して確実な事実がわかっている問題を記述している。拉致事件についてこれ以上の情報は今までのところ出ていないので、この本のレベルはたぶん越えられていないはず。

最後の章では、「日本も過去に拉致を行っていた」という主張が、戦時中の中国人、朝鮮人を例にして述べられている。これは事実なのでそのとおり受け取らざるをえないが、この本が有している価値が高いのにもかかわらず、紹介される機会が少ないのには、この章の記述が引っかかる人がいるからだろう。

とはいえ、そんな事情には関係なく、本書が拉致問題を考えるための必読文献であることは動かない。韓国では、この短い本(200ページあまり)以上に、きちんとした拉致問題の文献が出ているのだろうか。そういうものがあるのなら、翻訳が出ていてもおかしくないのだが…。