キャバ嬢の社会学

北条かや『キャバ嬢の社会学』、星海社新書、2014


この本のもとは、著者の京大での修士論文。しかし、文献調査ではなくて、著者自身がキャバ嬢になって参与観察で書いているので、ルポルタージュとしておもしろい。

最初のところに、著者のフェミニストとしての能書きがえんえんと続き、かなり読む意欲をそがれるが、そういう人なのだから、ここはしかたがない。

自分でキャバ嬢を10ヶ月やり、さらに比較のためにクラブ(ホステスクラブ)やラウンジでも3ヶ月働いている。文字通り足で稼いでいるので、この部分はおもしろい。

著者はキャバクラのシステムを調査するためにお店に入っているので、キャバ嬢(キャスト)、ボーイ、マネージャー、店長、社長というスタッフ全員と接触して、詳しくインタビューを取っている。キャバクラが、どのようにして、「キャストを指名競争に巻き込んで売り上げを出しているか」というシステムも、事細かに説明されている。

この本のいいところは、システムの説明から踏み込んで、キャバ嬢が指名客を引っ張るための戦略から人の心の襞に分け入っているところ。キャバ嬢は、客に疑似恋愛をさせて、それをネタに客をひいているのだが、客が本気でキャバ嬢に惚れ込んでしまったら、商売にならなくなる。下手をするとストーキングされたり、客が「裏切られた」と感じて店に来なくなったりするからだ。従って、上客を長く引きつけておくために、恋愛感情と親近感の微妙なすきまの間で、綱渡りのように客の心を引っ張らなくてはならない。

キャストは、「色恋営業」ではなくて、「友達営業」と言っているが、店長からすれば、それらはすべて「色恋営業」。なぜなら、客と本当の友達などになれることはないので、客とキャバ嬢の関係は、あくまで客の下心をくすぐり、親近感を作り出して、客をつなぎとめておくこと。これは「色恋」であって、「友情」ではないというのが、その理屈。そのためには、「素人っぽいが、実際の素人ではなく、水商売なのだが水商売には見せない」、特殊な技が必要。この技をうまく操れるキャストは、営業成績を上げることができ、操れないキャストの成績は上がらない。

このようなシステムは、時に客の「逆ギレ」を起こすことが避けられないし、仕事の性質上、セクハラからも逃れられない。うまく客を操っているキャストも、時に傷つく。そこで本当にダメージを受けてしまうとこの仕事は続けられないので、キャストは、「病んだ」状態を、トイレにこもったり、ほかの気晴らしを見つけたり、いろいろな手段で切り抜けないといけない。これは、この仕事につく女の子には避けられない。キャバ嬢は、たぶんこのことがキツイはず。

著者は、終章で、「カネとカオの交換システム」だと言っていて、これはキャバクラではなく、社会全体に存在するシステムだと言っているが、それは著者の勘違い。キャバ嬢が売っているのは、「カオ」ではなくて、客の男心を上手に転がす能力。極端にいえば、ブサイクでも男心を転がせれば成績は上げられる。

著者は、自分を商品にすることの、「寂しさ、くだらなさ、魅力」を知ったと言っている。わかっていて、このゲームにはまるところが、人間心理の微妙さ。