モンテ=クリスト伯爵

アレクサンドル・デュマ(大矢タカヤス訳)『モンテ=クリスト伯爵』、新井書院、2012


やっと全部読み通せた、新訳の「モンテ=クリスト伯爵」。子供の頃、講談社の子供用「巌窟王」を読んだきりだったが、おおよそストーリーは覚えていて、そっちの方に驚いた。子供の頃は読むものが限られていた分、同じ本を繰り返し読んでいたので、覚える程度が違っていたのかもしれない。

この翻訳は非常に読みやすく、注も的確に入っている。訳者は、1944年生まれ、東京学芸大学名誉教授。日本語もこなれているし、名訳だ。

この全訳で新しくわかったこと(昔の抄訳版で飛ばされていたところ)は、ダンテスが逮捕される前のくだりや、カヴァルカンティ子爵ことベネデット関係の部分など、いろいろだが、やはりモンテ=クリスト伯爵の生活の細かい描写がいちばんの読みどころ。19世紀前半の大金持ちの生活がどういうものか、辻馬車を拾うのと、馬付きの馬車を買うのと、どのくらいの違いがあるのか、などなど、そういうディテールが大事な小説なので、やはり全訳は読むべきものだと納得。

最後に、モンテ=クリスト伯爵が、マクシミリアンとヴァランティーヌに残すメッセージは、抄訳版だと「待て、そして希望せよ」となっていたと記憶しているが、この版だと「待て、そして望め!」となっている。これは昔の版の方がかっこいいと思うのだが、「希望を持て」という意味ではないのだろうか。

この訳を読んで、非常に驚いたのは、訳者解題の部分。この本、およびデュマ=ペールの大半の作品は、単独執筆ではなく、高校の歴史教師だったオーギュスト・マケという人物の代筆、というか共同作品で、デュマはプロデューサーだったという事実。最近話題の佐村河内守事件とはちょっと質が違うが、パターンは同じ。そんなこと、この前、NHKEテレで佐藤賢一が解説していた、この本の紹介番組ではぜんぜん言ってなかったが…。

しかも、この本のエピソードにはそもそも、実話仕立ての元ネタ本があったと書かれている。エピソードの大筋は、明らかにその元ネタ本から取られており、パクリというのは気が引けるが、現在なら著作権で問題にされるレベル。

古典名作といえども、こんなにややこしい話があったとは驚いた。ペーパーバックのくせに1500ページ弱の大冊だが、これは読むべき本。