防衛駐在官という任務

福山隆『防衛駐在官という任務 38度線の軍事インテリジェンス』ワニブックスPLUS新書、2012


韓国に防衛駐在官として赴任した際の著者の体験記。著者は、1947年生まれ、西部方面総監部幕僚長・陸将で2005年に退役した人。著者の韓国への赴任期間は、1990年から1993年の約3年間。

防衛駐在官になるために特別の課程を経験しているのかというと、語学研修以外は何もないようだ。著者の場合は調査学校で英語研修を受けた後、アメリカ陸軍歩兵学校に入学し、その後アメリカでの隊付研修を経て、外務省北米局安全保障課に出向したという経歴が買われたらしい。それでも防衛駐在官として打診された赴任先は、韓国とエジプト。著者は、決まってから赴任先についての研究を始めているし、情報幹部としての専門教育も受けていない。防衛駐在官は50人くらいいるので、いろいろな経歴の幹部がいるとは思うが、そういうものかという印象。ただし、韓国赴任が決まってからは、語学についてはみっちり仕込まれている。

韓国赴任前の事前研究は、自衛隊の内部資料のほかは、角田房子『閔妃暗殺』などで歴史を勉強したとか(それは歴史小説でしょ)、倉前盛通『悪の論理』などで地政学を勉強したとか(それで地政学の勉強を済ませるのはまずくないか?)、そういう話でちょっと首を傾げるようなもの。学術研究に行くのとは違うから関係論文全部読めというわけではないが、ちょっと準備の方向性がずれているような気がする。

しかし、赴任した後の話はそれなりにおもしろい。防衛駐在官は、ヒューミント、つまり人と会って情報をとるのが仕事なので、著者が韓国軍の将校とどのように付き合っていたか、日本から韓国に出張する自衛隊幹部のアテンドで(駐在官は通訳として同行する)いろいろな話を聞きこんでいく話は、さくさく読めた。韓国は酒席での付き合いがかなり大変で、著者も爆弾酒のきつい洗礼を常に浴びていたのだが、情報収集は結局人間関係なので、そういうことがうまくこなせなければ務まらない。

駐在武官団の間での情報交換や、その関係を通じて韓国軍とアメリカ軍の間に微妙な隙間風が吹いていることを知るくだりもおもしろい。著者の離任後に韓国軍の軍人(その後日本に来た高ヨンチョル少佐)とフジテレビのソウル支局長が、スパイ容疑で韓国当局に逮捕されたくだりでは、当時(金泳三政権)の大統領府、安企部、軍機務司令部の権力闘争の様子がうかがえて、そこも非常に興味深い。

薄い本なのですぐに読め、その割に防衛駐在官の仕事にについて、ちょっとした知識(著者のちょっとアレなところも含めて)を得ることができる便利な本。他の人によって書かれた防衛駐在官の本があるといいのだが。