父・金正日と私 金正男独占告白

五味洋治『父・金正日と私 金正男独占告白』、文藝春秋、2012

金正男のインタビュー本。と言ってもただインタビューを載せただけではなく、著者が金正男と会ってから、メールのやりとりをはじめ、個人的に関係をつくるまでの経緯が詳細に書かれてあり、そのことが「この本は創作ではありません」ということの照明になっている。この、著者と金正男の個人的関係ができる経緯もかなりおもしろい。

金正男は、公開を前提にしてメールやインタビューのやりとりをしているので、非常に限られたことしか言っていない。「基本的に世襲には反対」「しかし金正恩の後継に積極的に反対することはしない」「哨戒艦撃沈やヨンピョン島砲撃のような挑発行為には反対」「金正日に対して、側近が情報をブロックしていることを批判」「北朝鮮が、中国のような改革開放政策をとることを支持」というようなこと。

このような主張を公開された形で伝えることが、金正男がメールやインタビューに応じた目的なのだろうが、そうした主張のあいまに、韓国や日本のニュース報道の真偽、父親と自分の関係、北朝鮮での自分の立場などについて、細切れでコメントしている。この部分が本書の最も読みごたえのあるところ。

金正男が後継者から外されたのは、これまで思われていたように、日本潜入がバレて映像を公開されたことではなく、それ以前に父親に改革開放政策を取ることを進言して遠ざけられていたということが理由らしい。外国生活で「西洋化」されてしまった金正男には、北朝鮮での生活はあまりにも居心地が悪く、父親の下を離れている間に、父親の後継候補から外れ、北朝鮮内部の権力闘争に生き残ることもできなくなったようだ。

それでも父子の関係は失われたわけではなく、金正日とは折に触れて連絡は取っている。「父は三代世襲に基本的には反対していた」という金正男の言葉は信用がおけるものだと思う。

この本が出版されてから、金正男マカオで困窮しているという報道がロシア紙発の情報として伝わっている。住居費は中国の情報機関がもち、遊興費は北朝鮮がもっていたが、北朝鮮が送金を止めたのだと言う。ロシア紙の報道にはおかしなところもあるので、そのままでは信じられないが、こんな本が出た以上北朝鮮金正男を飼っておく理由はなくなったのは確かだろう。もともと父親が死んだ時点で金正男は単なる邪魔者でしかなく、これだけのことを暴露した以上、北朝鮮の報復も当然。

本書の中では金正男は生計をどう立てているかについて言及していないが、中国は金正男北朝鮮の内情をべらべらしゃべることを好むとは思われないので、これ以上暴露行為はしないように中国からも釘をさされることだろう。これが金正男の声を知る最後の機会かもしれない。金正男には、なるべく長生して、北朝鮮の末路を見届けてほしいと思うが…。