ザ・コールデスト・ウィンター 朝鮮戦争

デイヴィッド・ハルバースタム(山田耕介、山田侑平訳)『ザ・コールデスト・ウィンター 朝鮮戦争』上・下、文藝春秋、2009

ハルバースタムの遺著で題材は朝鮮戦争ハルバースタムの膨大な仕事の最後を飾るにふさわしい傑作である。ハルバースタムのこれまでの著作と同じく、歴史書、ジャーナリズム、物語の三つの要素が巧みに組み合わされていて、上下巻1000ページの大著にもかかわらず、退屈するところがない。

おはなしは朝鮮戦争前夜の政治情勢から始まり、北朝鮮の侵攻、米韓軍の敗走、釜山包囲戦、仁川上陸作戦と戦局の逆転、国連軍の北朝鮮侵攻、中国軍の介入と国連軍の敗走、国連軍の反撃とマッカーサー解任でおわる。戦闘については、1951年の砥平里と原州の戦いで筆が置かれており、その後に戦線が膠着したあとの様子はほぼ省略されている。

この本の魅力は、戦争に参加したそれぞれの人物の造型が非常に細かく、鮮明であること。トルーマン金日成毛沢東のような政治指導者から、マッカーサー、リッジウェイ、アーモンドらの将軍たち、さらに前線で戦った一人一人の兵士たちに至るまで、一人一人が目の前にいるようにはっきりと浮かび上がってくる。

特にマッカーサーについては、彼の太平洋戦争での軍歴と日本の支配者としての姿しか知らなかったので、本書で書かれていたことには相当驚いた。はっきりいって、アメリカが朝鮮戦争で失敗したことの責任のほとんどはマッカーサーにあり、仁川上陸作戦での成功を除けば、マッカーサーの無能はほとんど犯罪的である。

偶像化された軍人に政治力がついてしまえば、本国政府や統合参謀本部もほとんどマッカーサーに対して手が出せなくなり、マッカーサーの誤りを知りつつ、ぎりぎりの切羽詰まった段階になるまで彼を解任できなかったことが疑問の余地なく明確に書かれている。

最後の部分では、この朝鮮戦争でのアメリカの混乱振りが、後の戦争指導や外交政策にほとんど有益な教訓を残しておらず、そのことがベトナムでの大失敗につながったことも明らかにされている。歴史、現代史、軍と政府の関係、情報と分析や判断の失敗、といったさまざまな観点から示唆深い本。訳者解説の題は「最後にして最高」となっており、それはハルバースタム自身の言葉ということだが、その言葉にふさわしい名著といえる。