モスクワ芸術座 「三人姉妹」

チェーホフ「三人姉妹」、キーラ・イワーノワ、マルガリータ・ユーリエワ、ライサ・マクシーモワほか出演、V.ネミロヴィッチ=ダンチェンコ演出、モスクワ芸術座来日公演、1959

NHKの「昭和演劇大全集」(この番組ももうすぐ終わってしまうらしいが)でかかっていたもの。1959年の舞台録画。画質は非常に悪いが、まあそれはしかたがない。本編の前に、渡辺保高泉淳子の対談がついていて、この公演が当時の日本の演劇界に与えた影響がどれほど大きかったかについて説明している。渡辺保は、翻訳台本を繰り返し読んでほとんど覚えた上で劇場に行き、会場でも暗転の時間にペンライトで必死で台本をたどっていたという。字幕なしの上演、しかも3時間近くかかる「三人姉妹」だから、客はさぞかし大変だっただろう。歌さえ聴いていれば、台詞がわからなくても適当に楽しめるオペラと違って、こちらは台詞がわからないようでは話にならないのである。

映像製作時につけられた字幕があるのだが、これがひどいもので、かなりの台詞が省略されてしまっている。NHKの方で、あまりに省略がひどい部分は新しく字幕を補っているのだが、全部の台詞をカバーしているわけではない。しかし、わたしが原語上演で「三人姉妹」を見たのははじめてなので、とても新鮮だった。以前ロシア語の授業で、訳読のテキストとして読んでいた時は、台詞をどのように読んでいいのか、よくわかっていなかった。ソリョーヌイがしょっちゅう口にする「ツィプ、ツィプ、ツィプ」という台詞(意味のない言葉なので訳せない)をどのようにしゃべるのか、この映像でやっとわかった。

役者はみなうまい。オリガ、マーシャ、イリーナの三人はもちろん、ヴェルシーニンやトゥーゼンバッハ、それからアンフィーサのような端役までみなうまい。最後の場面でトゥーゼンバッハの死が知らされ、イリーナが「わたし、わかってたわ」と言うところは、抑えて話すのかと思っていたが、半ば叫ぶようにしゃべっている。楽隊の音、そして最後の「それがわかったらね」のせりふ。このへんは感動的。生で舞台を見た客も、さぞかし感動したと思う。

上手な劇団による、台本通りの公演が見たい。とりあえず今のわたしには変わった解釈や改変された台本での上演はいらない。対談で渡辺保が言っていたが、「ストーリーを追うための芝居ではない。細かい台詞や所作のひとつひとつが重要な芝居」なのである。ちゃんとした舞台が見たいのだ。どこかの上手い劇団がやってくれれば何をおいても見に行くのに。