花神

司馬遼太郎花神』上、中、下、新潮文庫、1976

司馬遼太郎大村益次郎伝。ちなみに手元の本は、2005年の発行で八十四刷。幕長戦争から戊辰戦争にかけての長州藩軍、官軍の総指揮官で日本陸軍の創設者たる大村だが、坂本龍馬とは反対に、痛快さというものにはまるで欠けていて、最初から最後まで一技術者としての生涯をまっとうした人である。その人物をここまで書ききって、少しも退屈させないというのはやはり司馬遼太郎の筆力。大村=村田蔵六という人が、適塾の塾生から田舎医者になり、翻訳者、技術者、軍政家、軍指揮官となっていく過程を通じて、西洋のテクノロジーが日本にどのように移入されたか、それを担った人々がどういう人物だったか、維新を通じて文明開化にいたる道筋がどのように準備されたかを知ることができる。大村をそうしたテクノロジーの化身として描くことで、維新という大業を支えた根をいかんなく書ききっている。自分としては、第二次幕長戦争から、戊辰戦争への流れをいかに表面的にしか理解していなかったかを思い知らされた。イネと村田蔵六の間の微妙な関係の描き方も、男女関係の描写があまり上手でない著者としては出色。
大河ドラマの「花神」は総集編のほか、一話分しか残っていないそうだが、中村梅之助村田蔵六は畢生の名演だったからかえすがえすも惜しい。近年「風と雲と虹と」のビデオは出てきたそうなので、こちらも何かの僥倖で出てこないものだろうか。