黙って行かせて

「黙って行かせて」、ヘルガ・シュナイダー原作(高島市子、足立ラーベ加世翻訳)、横山玲子脚色、樫山文枝南風洋子主演、保科義久演出、NHK FMシアター、2006.10.28放送

NHKのオーディオドラマを聴いただけで原作は読んでいない。だから原作に対する評価はできない、はずなのだが、この作品、ちょっとひどい。最初のナレーションでアウシュビッツのことが出てきたときから嫌な予感はしていた。で、その予感は悪いほうに三倍増しくらいであたった。アウシュビッツ収容所のネタを観念的に膨らませて、作者自身と読み手(聞き手)をいじめぬく、自虐とはまさにこのこと。ドイツからイタリアに移住し作家生活を送るヘルガは、数十年ぶりにウィーンの老人ホームに母を訪ねる。それはアウシュビッツの看守だった「ナチ女」である母と自分の関係に向き合い、歴史の真実に向き合うため、というようなお話なのだが・・・。
母親の造形が完全にイカレている。ひたすら看守時代の栄光の過去、にしがみつき、口にすることといえばナチ党幹部の演説みたいなことばかり。そのくせ娘には異様に執着し、「帰らないで、ここにいて」と連呼するのだが、娘に語ることといえばその政治演説だけ。「都合の悪いことは忘れている」という設定になっているようだが、とうてい現実感のある人間像を形成していない。それに対して娘のほうは、母親に対している娘というよりは、被告人を裁こうとする裁判官か資料集めをしている歴史家のようだ。善悪の深みもまったく感じられない。こんなものを人間的真実と思っているとすれば、ほとんど狂っているとしかいいようがない。ドイツでは、こんなものがほんとに「いい小説」ということになってるのか?