昭和陸軍全史1 満州事変

川田稔『昭和陸軍全史1 満州事変』、講談社現代新書、2014


これは非常におもしろい本。3巻で満州事変から太平洋戦争までの日本陸軍の歴史を描こうというシリーズの第1巻。満州事変の時期を扱う。

宇垣一成派:元の田中義一派=長州閥と、それに対抗する中堅幕僚の一夕会の派閥抗争の話が前半に来ていて、ここがまずおもしろい。関東軍が中央の命令に従わなかったことの背景には、中堅幕僚が徒党を組んで陸軍中央の命令を組織的に妨害していたからだということ。

一方若槻礼次郎首相は、徹底的に関東軍の行動を妨害して、予算支出をしないようにすれば、内閣そのものが潰れてしまい、そうなると満州での軍事行動に積極的な政友会が政権を持っていくので、そういうことはできなかった。しかも内相安達謙蔵が倒閣耕作を行って、若槻内閣はあっさり潰れてしまう。

後半は、満州事変の背景にあった、永田鉄山石原莞爾の戦争観、戦略構想の叙述。ここはよくわかっていなかったので、非常に勉強になった。

基本的には、第1次大戦を見ていた永田や石原は、次の世界大戦は必ず起こると考えていた。そのためには総力戦態勢を築く必要があり、そのために一夕会に中堅幕僚を組織して、中央の課長級の主要ポストを独占していく。これだけでは総力戦体制はできないので、満蒙の資源が必要。だから、満州事変を積極的に起こした。

永田鉄山石原莞爾の違うところは、永田が満蒙奪取の過程で、国家総動員が必要な戦争になり、その相手は、米、英、ソだと見ていたのに対して、石原は、相手は米のみで、その戦争は長期の持久戦になると見ていたこと。

しかし、永田にしても、石原にしても、日本の国力で米英ソであれ、米だけであれ、まともに戦えるのかどうか、総力戦体制ができたとして、どのくらいの生産力になるのか、満蒙を取ったとして、米と戦えるのか、米は日本の期待するような形での戦争しかしてこないのか、ということについて、きちんと検討しているのかどうかは、この本からはわからない。とにかく、いずれ戦争になるので、それに備えなければならないという考えしか読み取れない。

これは典型的な「自己成就予言」のパターン。悪い状況が必ず来ると思い込むことで、そういう状況を自ら呼び込んでしまっている。

次の巻は日中戦争、3巻は太平洋戦争で、来年には完結することになっているので、これも刊行が非常に楽しみ。