小説吉田学校

小説吉田学校」、森繁久彌若山富三郎ほか出演、森谷司郎監督、フィルムリンク・インターナショナル、1983


戸川猪佐武は読んでいないのだが、この映画はおもしろい。おもしろいと言っても、史実はそっちのけで、吉田茂を演じる森繁久彌のワンマンショー。まあそこがおもしろいので、別にかまわないが。

原作の小説は、吉田茂以後の歴代政権も描いてるが、この映画はほぼ吉田政権、それも、第二次吉田政権から、吉田茂の政界引退までだけが舞台。この部分だけでも十分長く、2時間半以上もある。

それでも退屈せずに見ていられるのは、映画の焦点が、吉田茂と、若山富三郎演じる三木武吉の対決にずっとあてられているから。森繁久彌は、吉田茂に激似である。最晩年の白ひげの好々爺然とした森繁ではなくて、傲慢不遜、権力者の権化みたいな演技で、圧倒的な存在感。吉田茂の映像を見た人は、森繁こそ吉田茂だと確信できるだろう。

本来の吉田のライバル、鳩山一郎には芦田伸介が扮しているのだが、こちらはあまり存在感がない。なにしろずっと病気で引っ込んでいるのだ。代わりにアクを出しまくっているのが若山富三郎。こちらは三木武吉にはぜんぜん似ていない。しかし、森繁久彌に負けない強烈な存在感で、政敵同士の真剣勝負はこういうものだろうと思わせる。政治家の迫力がにじみでる演技。

物語の前半は講和条約締結まで、後半は吉田の政権居座りとそれをめぐる政界抗争。前半では吉田は英雄、後半では権力の亡者扱いされているのだが、話がおもしろいのは後半の方。吉田、三木の抗争に寝技、足技、裏切りの続出で楽しく見られる。

他のキャストは、この時期の主要な俳優をあらかた揃えてきた感じの豪華な顔ぶれだが、印象に残った役者でいえば、小沢栄太郎=松野鶴平。要所要所で出てくる吉田派の軍師格だが、最後に吉田に引導を渡すところがかっこ良すぎる。次に、藤岡琢也=広川弘禅。こちらは最初から最後まで権力になびき、権力にくらいつく犬。すがすがしくずる賢い。

高橋悦史池田勇人と、西郷輝彦田中角栄も出色。とくに西郷輝彦は見た目は田中角栄に見えないのに、演技力で見せている。高橋悦史は、「皇帝のいない八月」の内閣調査室長とダブって、これまたおもしろい。政治家役がハマっている人。

次から次へと出てくる役者をうまく回して、ちゃんと映画にしているのは、脚本を書いている長坂秀佳森谷司郎。さすがですね。年の行った役者で、これ以上のキャスティングはもはや望めないので、これも現在ではリメイクできない作品のひとつ。