21世紀の落語入門

小谷野敦『21世紀の落語入門』、幻冬舎新書、2012

小谷野敦のクリーンヒットがまた出た。以前から落語ファンだということは公言していたが、これはほんとうに親切な「落語を知らない人のための入門書」。

帯に「ビギナーは寄席に行くな。」とあるが、まったくそのとおり。落語を聞いたことがないか、あまり聞いていない人が寄席に行って退屈しなかったら、よほどのことだ。紙切りくらいは見て楽しいが、ヘタな人の噺など聞いて笑えるわけがない。そこで著者が言うのは、昔の名人の録音を聞けということ。

これはまったくそのとおりで、音楽だって高いお金を払ってコンサートに行くのはある程度良し悪しの見当がつくようになってからでいいので、録音を聞いたほうがお金はかからないし、いいものはNHKやらネットラジオで洪水のように流れているのだから、そっちのほうがいいに決まっている。それで好みができてきたらコンサートに行けばいいのだ。特に落語の場合は寄席は上手な人と下手な人のセット売り(ヘタをすると上手な人にまるで当たらないこともある)だから、そんなものに全部付き合う必要はなし。

そして、初心者はまず興津要の『古典落語』を片っ端から読めという。これも非常に納得。というのは自分もこれで落語がおもしろいことをはじめてわかったからである。高校生の時は、これを読み返しては腹を抱えて笑っていた。他に名人の口演をテキストにしたものはいくつもあるが、これがいちばんハズレがなく、演者のくせも入っていないので、読む分にはおもしろいのだ。

また著者が若い落語家を描いた映画として一番に推しているのが、森田芳光監督「の・ようなもの」で、これも非常に納得。自分もこれは何度も見た。落語家役は伊藤克信だが、落語そのものはまったくヘタで、それを通して、間接的に落語について語っているのだ。映画そのものも傑作。

本の中心部分は、著者が推す名人たちとその得意としたネタの解説。昭和の名人12人と上方落語の名人4人があげられ、その次の世代の名人として立川談志三遊亭圓楽(先代)をあげて、「絶対に聴くべき」とされる。まあこのへんは納得。その後の演者とネタの組み合わせのおもしろさを解説している部分も非常に生き生きしている。

CDを買うガイドとしても、落語という芸の歴史、ネタの背景についての読み物としても非常によく書けている。さすがはあっちゃんという出来。