透明人間

「透明人間」、河津清三郎三條美紀ほか出演、小田基義監督、東宝、1954

銀座で車が急停車。何かを轢いたようなのだが、何も見つからない。すると車の下から血が流れてきて・・・、という場面で始まる、東宝変身人間ものの第1作。透明人間は、日本軍が戦時中に発明した新技術を使って誕生した人間兵器(ここで透明人間が消える原理を説明する博士のセリフはぜんぜん理解できない)。サイパン島の戦いで透明特攻隊が編成されるが二人を残して全滅。しかも透明人間は一度透明にされると死ぬときまで元の姿には戻れない。生き残った二人は姿を隠して日本で生きていたのでした、という設定。

たしかに人間は消えているのであるが、消えている姿はいまとなっては合成でなんとでもなるようなものなので、そこはあまり感動しない。問題は、「透明人間がもし存在したとすれば、彼はどういう行動をとるだろうか」という設定部分が十分に詰められていないところだと思う。

例えば、透明人間を騙る強盗団が暴れる場面。「透明人間だ!おとなしくしろ!」とわめいて競馬場から売上金を強奪。しかし、透明人間だったら、わざわざそんなこと口に出すか?おまけに偽物なので、コートを着て顔を隠しているだけでぜんぜん消えてないし。こんなのを透明人間と思い込むほうも変。

それに、本物の透明人間が強盗団と戦うところでも、わざと楽器をひいてみせたり(単に消えてるところを見せたいだけ?)、ものを投げたり(飛んで来た方向から、場所がわかるでしょ)、やっていることがいちいちおかしい。それにギャングの方は適当なところで警察にまかせておけばよく、透明人間がわざわざ戦う必要が感じられない。

無人のスクーターが走っている場面とか、電車のつり革が一本だけ動いていないのを見て透明人間がいることがわかる場面とかは、よいアイディアなのに、おはなし全体がもうちょっと生きていないのがざんねん。