その夜は忘れない

「その夜は忘れない」、若尾文子田宮二郎ほか出演、吉村公三郎監督、大映、1962

「原爆もの」映画。戦後17年の被爆都市広島を取材に来た週刊誌記者(田宮)が、広島のバーのマダム(若尾)と会って、一夜の恋におちるが、彼女は被爆者で、まもなく亡くなってしまう、というみもふたもない話。

この映画、内容はかなりどうでもいい(ストーリーが安直、被爆者の描き方にリアリティがない、等々)のだが、おもしろい点もいくつか。

まず当然ながらロケは広島で行っているので、1960年代初めの広島の街の様子がよくわかる。街の細かいところがいろいろ映っているが、自分にはどこがどこなのかわからないところも多く(路面電車の軌道があるので、ある程度推測はつくがさすがに細かいところはなかなかわからない)、とても興味をひかれる。比治山からの俯瞰ショットなどもあって、町全体の状態もわかる。

それから、現在すでに原爆譚が国民的に普及してしまった現在との、「原爆」に対する位置づけの落差がおもしろい。田宮演じる週刊誌記者は、広島の取材と言いながら「指が6本ある子供」の写真と家族取材に走り回ったりしている。劇中では子供は死んでしまって、母親への取材も断られる(そりゃそうだろう)ことになっているのだが、現在、障害遺伝をこういう形で扱うことはありえないので、60年代がこのネタに関してかなり自由だったことがうかがわれる。

また広島での取材でほとんどの人が「原爆関係ないよ」という態度だったり、田宮が東京の本社に「原爆の跡などもう何もない、この企画は失敗だからやめましょう」と進言しているストーリーを見ると、原爆のことを忘れるような者は人間扱いされないような今の状況と比べて非常におもしろい。なにしろ原爆が落ちてから17年しか経っておらず、被爆者の多くも生き残っていた時代のおはなしである。若尾文子が体のケロイドを見せる場面で(体の前面がほとんどやけどしているのに、顔にやけどがまったくないってどういうこと?)、「被爆は過去の話ではないんですよ」ということにしたいらしいが、逆に言えばその程度に原爆の話はどうでもよくなっていた社会状況があったということだろう。

いろんな点からネタとしておもしろい映画だった。録画をしておかなかったことが悔やまれる。