黒いスイス

福原直樹『黒いスイス』、新潮新書、2004

日本では一般によいイメージが流通しているスイスの暗黒面を扱った本。ジプシーの子供の隔離政策、対戦中のユダヤ人の受入れ拒否、大戦中の反ドイツ活動への抑圧、核開発計画、相互監視社会、難民受入れや非欧州人の帰化に対する拒否感、マネーローンダリングといった問題を扱う。

日本ではスイスに関して美しい自然と「アルプスの少女ハイジ」や「サウンド・オブ・ミュージック」くらいしか知らない人が多いので、この本の内容程度でも十分ショックを受ける人たちが多いのかもしれない。しかし、著者の一部の記述は公平でないと思う。例えばヒトラー暗殺未遂犯の助命を請求しなかったことは当時の対独関係を考えれば当然だし、一歩間違えばドイツの侵攻を受けても不思議ではなかったスイスの外交的立場というものも考える必要がある。また核開発の計画はスイス以外にも多くの国が検討していたことは常識。反移民運動はスイスだけにあるわけではない。

だとしても、確かにスイスはある意味でよそ者に冷たく、相互監視の厳しい、守銭奴国家だというのは当たっている。本書の中で確かに問題があるとすれば、特に移民の帰化に対する住民投票、国家による反政府的と見なされた人物への情報収集、マネーロンダリングといった問題だろう。スイスでは所得の過少申告が犯罪と見なされず、従って外国から税金逃れのためにスイスに資金逃避が行われてもスイス国内法違反ではないため、銀行は情報開示の義務を負わないという事情は本書ではじめて知った。これではマネーロンダリングの温床とされるのも当然。しかしスイス政府が、この措置を是正する見込みはないだろう。まあ山だらけの小国が高い生活水準を維持して生き残っていくことの背景には、こういう事情があるということを認識するためには役に立つ本だといえる。