井上成美

阿川弘之『井上成美』、新潮社、1986

阿川弘之による井上成美の評伝。以前目を通した宮野澄のものと比べても非常に大部のもの(500ページ以上ある)で、彫琢も細かい。井上の誕生から順を追って出来事を取り上げる形式はとらず、敗戦後の時代と戦前期、戦中期を行ったり来たりするような形で筆が進む。一見読みにくそうだが、決してそんなことはなく、むしろ読んでいて心地いいリズムが生まれている。阿川弘之の筆力だろう。また、井上に対するさまざまな批判的、否定的評価についても、遠慮なく取り上げている。そのことで、井上成美という人物の特異さがはっきりと描くことに成功している。あからさまにいえば、井上成美という人は非常に頭の働く人であったが、日本社会の組織では浮いてしまう人物であって、彼の優れた提言の多くが結局政策に反映しなかったことの原因も、多くはその点にあるということ。阿川弘之は「こんなおもしろくない人」とはっきり書いているが、そういう人物の評伝をここまでおもしろくしたのも著者の力量といえる。ただ、「新軍備計画論」とその評価については、より突っ込んで書いてもらいたかったと感じる。