皇帝のいない八月

「皇帝のいない八月」、渡瀬恒彦高橋悦史三國連太郎ほか出演、山本薩夫監督、松竹、1978


これはひさしぶりに見た映画。確か、公開当時に劇場で見たような記憶があるのだが、その後もテレビやDVDで見ているので、5回は見ているはず。

自衛隊がクーデターを起こして寝台列車「さくら」を乗っ取るというおはなし。ネタが大きいわりに、美術は安っぽく、あまり締まっていない。山本薩夫の映画としては出来のいいほうではない。

しかし、個人的には大好きな映画。なんと言っても、かっこいいのは渡瀬恒彦。クーデター部隊の指揮官役。セリフの中身は三島由紀夫のまねで、あんまり大したことはないのだが、渡瀬恒彦がかなりいい感じで叫んでおり、迫力はすごい。

この対極にいるのが、妻の吉永小百合とその元恋人で業界紙記者の山本圭吉永小百合はほんとうに大根だし、この関係のエピソードはいらない。山本圭は、セリフがいちいちダサく、生ぬるい日本の平和主義の象徴みたいなことしか言わず、最後は犬死。映画としては、頭のイカレた自衛隊員と、その裏で暗躍している右翼政治家はコワイですよ、と言いたいらしいのだが、実際には狂っている渡瀬恒彦と、悪者政治家(この映画の政治家は悪人しかいない)、官僚(高橋悦史)だけしかかっこよく見えない。

全体としては、中途半端で、そんなにスリリングじゃないのに、キャラの立った役者の演技と自衛隊のクーデターというネタで見せ場はたくさん。

特に、この映画のキャスティングは、大物俳優が揃っていて、今では絶対に再現できないもの。首相(佐藤栄作っぽい)の滝沢修、対立しながら裏でつながっている民政党自民党)の大物、大畑剛三=佐分利信(こっちはちょっと岸信介っぽい)の組み合わせが絶妙。政治家にあてられているのは、小沢栄太郎、渥美国泰、永井智雄、久米明内藤武敏ほかで、並んでいるだけで貫禄たっぷり。

あとは、内閣調査室長の高橋悦史陸上自衛隊警務部長(ママ)の三國連太郎、別のクーデター部隊の指揮官、山崎努らがいちいちかっこいい。

場面では、自衛隊の鎮圧部隊にハチの巣にされて虫の息の山崎努を、渡瀬恒彦が撃つ場面、ロボトミー手術で植物人間にされちゃう三國連太郎車いすで運ばれていく場面、鎮圧部隊にほとんど殺されながら、最後に渡瀬恒彦が列車に仕掛けた爆弾のボタンを押す場面ほか、いい場面が並ぶ。

人物の肩書、セリフの中での呼び方(大臣が総理大臣のことを「首相」なんて言わない)、役所内部の命令関係その他、設定や考証はおかしいことだらけで、脚本家と監督がこのネタについて大してよくわかってないことは一目瞭然。だから、政治劇としてはぜんぜんリアリティが感じられないことになっていて、この辺が山本薩夫っぽい。まあしょうがないか。

音楽は佐藤勝で、大げさなオーケストラの曲(「皇帝のいない八月というタイトルの交響曲があることになっている)が、勝手に盛り上がっているのもとてもステキ。これはCDがAmazonにあるのだが、映画の音声ごと切り取ってきたものが5700円くらいする。映画を録画しているので、迷うわー。