陸軍(1944)

「陸軍」、笠智衆田中絹代ほか出演、木下恵介監督、松竹、1944


昭和19年、もう日本本土も爆撃が始まったという時期の映画。当然陸軍省肝いりなのだが、できた映画はそうは問屋が卸さなかったというもの。

幕末から、支那事変までの陸軍の歴史が、小倉のある一家の4代の人生を通して描かれる。山縣有朋の知り合いという軍人一家で、笠智衆が体が悪く、日露戦争でちゃんとご奉公できなかったことを恥辱として、ひたすらお国と陸軍につくしまくる。

元寇なんて、日本は劣勢だったんだから神風が吹かなかったら負けていただろう」と言われて激昂する笠智衆。そんな600年前の話で熱くならなくても、と思うのは今の人間の浅はかさで、日本必勝の信念が足りないような国賊には怒りを燃やして当然なのである。

この調子で陸軍ラブで来るのだが、クライマックスが田中絹代の有名なラストシーン。部屋の中でぶつぶつ軍人勅諭を唱えているのだが、出征する部隊のラッパの音が聞こえてきて、矢も盾もたまらず家を飛び出して行進する部隊の中に息子の姿を探す田中絹代。やっとのことで息子の姿を見つけるのだが、息子の晴れやかな笑顔に思わず目頭を熱くしてハンカチで涙をぬぐう。

これで木下恵介は陸軍から睨まれたというが、当時の軍の価値観=晴れの出征に涙を流すとは何事、という野暮なツッコミはともかく、このくだりは戦争反対というより、お国に尽くす息子の晴れ姿を伏し拝む皇国の母の鑑みたいなものである。これをリアルタイムで見た人も、イイハナシダナーと涙を流したに決まっている。

ひたすら息子を追いかける田中絹代長回しにする場面は、見た人の目に焼き付いただろう。さすがは名監督の職人芸。